夫に母のものを捨てられる
だれかにとっては宝物でもだれかにとってはごみだ。
母の遺品は夫にはごみだ。
いつの間にか捨てられている。娘に至ってはフリマで売られていた。
家族といえども、当然、心は他人なのだ。別の人間なのだから。
捨てられたことがわかったあとは、とても落ち込む。
死にたくなる。
存在を消したくなる。
どうしてだろう。単なる物なのに。モノを捨てられたからといって、母の存在はそのままなのに。でも、母のものはすべて愛しい。母のものをすべてとっておきたい。
なのに、私のために買ってくれたものはすべてといっていいほど、盗られたり、捨てられたり、売られた。すべて私の管理が悪いということだ。
すべての責任が自分にあるなら、こんな自分を消したくなる。
。。というわけだ。
こんな時、自分より不幸な人のことを考える。
かわいい子や孫を不注意で亡くてしまった人のことを。
愛する家族を誰かに殺されてしまった人のことを。
これ以上の地獄があるだろうか。
それでも、私の苦しみもそれなりの大きさだ。
母を幸せにできずに、死んだ後に気づく数々の感情に、押しつぶされる日々だ。